青年海外協力隊/大学生/野菜/野生/野性

今日は残りの人生の最初の日

山梨大学→京都大学大学院生 兼 青年海外協力隊29年度2次隊。フィリピンへ。人生ネタを書きます。

学部時代の「旅」から僕が得たもの

 

僕は「旅」が好きだ。

電車や車を使って旅行することも好きだが、ここでは、未開の地新しいワクワクすること興奮を求めて、1人または少人数でする旅行を「旅」としたい。

 

この「旅」に魅せられて、僕の大学生活はがらりと変わった。来年から青年海外協力隊に行くことも、大学院で東南アジアの地域研究を専攻すると決めたことも、実は学部時代にした「旅」の影響を受けてのことだ。

 

青年海外協力隊の赴任国フィリピンは、実は僕にとって初めての海外であり、同時に初めて1人でバックパッカーとして歩いた国でもある。4回訪れたフィリピンは、自分にとって第二のhome country に当たる、特別な思い入れのある国。僕が青年海外協力隊の願書を取り寄せ、その要請の中に、受入れ国フィリピン、しかも有機栽培隊員の募集があったことも、運命だった。

 

大学1年のフィリピン留学がきっかけに

1年の夏休み、自分の英語力不足に愕然とし、春休みにフィリピン留学することを決めた。それが自分にとっての初海外になった。今となってはフィリピン留学もすっかり学生の間で一定の評価を集め、ポピュラーになりつつある。が、当時、自分の身近でフィリピン留学を経験している人は先輩に1人だけだった。フィリピンの留学ライフについても改めて書いてみてもいいかもしれない。どの学生にもオススメできる、自分にとっては貴重な経験となった。

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その留学の間にもっと東南アジアの地域を自分の足で歩きたい、現地人と触れ合いたい、独特な匂いを嗅ぎたい、生の人間の姿を見たいと思い立ち、2年の夏休みには単身でフィリピンにもう一度飛んだ。これが初めての自分にとっての「旅」だ。

 

この旅から帰国した後、なかなか興奮を抑えることができなかったのを覚えている。同じ大学の友人にも共有できる仲間がいなかったし、達成感からくる満足感は、次の旅への願望を招いた。

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そこで、当時同じように海外を歩いていた同じ学部の知り合い(当時は話したこともないくらいだったただの知り合い)に声をかけ、大学で旅に出るきっかけになる場、そして、自分のした旅を互いに共有できる場を作るべく、旅サークルを作った。

(旅サークルのtwitterアカウント@ittekoushi)

 

今の学生は、機会に恵まれている。一ヶ月のアルバイトと決断一つで地球の裏側にも行ける。古い言葉になりつつあったバックパッカー”は、ブーム再燃の兆しにある。ヒッチハイカーも時々見かけるようになった。平和で豊かな国日本に生まれたことによる恩恵の一つだろう。

 

 

旅から得られるものとは

 

当然のことかもしれないが、旅一つ一つから得られるものは違うし、同じような旅をしても、する人によって感じ方は異なる

 一つの旅は、その人の、その時の旅でしかない。

 

「僕が」してきた旅から得たものは以下の通りだ。

 

 

●なんでもチャレンジしてみようというメンタル面での強さ

 

旅は、自分を追い込む機会の提供を可能とする。

旅先での目的地、生活リズムのマネジメント、お金の用途、人との交渉や情報収集方法、1日の移動手段と距離、その他もろもろ全てが自己決定の上にある。面倒に感じたら1日ゲストハウスで寝ててもいいし、英語を使わなくてもいい。夜行バスや寝台列車に乗って遠距離移動もする必要もない。

やってみたいことをするかしないかは、そのときの自分だけに委ねられている

そして、一つ恐る恐るやってみると、(行ってみると)、そこからまた行動の選択肢は広がる。自信がつき、次はそのときとったリスクがもうリスクではなくなる。楽しみになる。

正直、旅をしていると恐怖心を抱くことも少なくない。だが、旅人は、それを乗り越えなければワクワクすることにたどり着けない!と考える。繰り返すことで、旅以外でも、自然と自分のやってみたいことにトライするメンタル的な強さが身につくのだと思う。

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自分の目で見た確信のもてる真実と自信

 

文献や他人の口から発せられた情報は、あくまでも参考程度にしかならない情報、介する人のバイアスがかならずかかっている。

それに対し、旅で自分が見たこと感じたことは、紛れも無い事実だ。それが、俯瞰的に見たとき、例え特殊な少数派に属する事実であっても、自分にとってはフレッシュな事実になる。自分が得たい情報しか入ってこないという難点はあるが、その事実を他人が否定することはできない。

 

例えば、僕はフィリピンに行ったとき、世界遺産に指定されている棚田を見た。僕の関心ごとはそこにいる人の生き様であり、村というコミュニティであったので、その地域の農業から見た持続可能性にとても興味を惹かれた。一緒にもし、人文系に興味がある人と共に旅をしていたら、地域の民族や文化に興味をもったかもしれない。僕にとってはそこで目にした風景が、協力隊への志願や大学院での専攻選びに影響した。

このことは日本国内でも同様だろう。

 

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●自分だけの人生のネタ

 

僕みたいにこれといった特技もなければ、人とコミュニケーションをとるとき、定番の話題を持ち合わせない人にとって、旅は絶好の話題のネタだ。なぜなら、その一つの旅は世界でオンリーワンだからだ。そして、旅をしていると自分が嘘偽りのない純粋なストーリーの主人公になる。例え同じ国、同じ都道府県をめぐる旅であっても、人や時期が違えばそれは紛れもなくたった一つの、その人だけの旅だ。 

 

 

●新しい価値観と新しい自分

旅の中で、自分と向き合う時間は異常に長い。ヒッチハイクしているときも、電車やバスで移動しているときも、夜寝床につくときも、または飛行機に乗っているときや食事をするときもそう。

基本的に、旅の間の話し相手は自分だ

そのとき、ふと、「自分はこんなものに興味があるのか」「これを楽しいと感じるのか」「自分が感動する景色はこういうものなのか」と気がつく。

 

それは、旅の間、全身の感性が研ぎ澄まされることで可能になる。日常的に感受性豊かにと心がけることも大切だが、旅の間は無意識に、無理することなくそういう状態になる。その状態での吸収capacityは半端ない。

 

そして、研ぎ澄まされた感性に新たな価値観は大きく影響を及ぼすことは、読者の皆さんも容易に想像できるかもしれない。見るもの聞くこと出会う人、それが全てそのときは特別なものに思えるのだ。

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●人との出会い

 

これは自信を持って言えることだが、

旅好きな人には変人が多い

バイタリティあふれ、活発でリスクが好物だという連中ばかりだ。その人たちは、自分というものをすごく大切にするし、自分の生き方にこだわる。

端的に言って、かっこいい人が多いのだ。

 

一緒に大学で旅サークルを作ろうと奮闘した仲間は今、甲府市内で初めて、学生が運営する居酒屋を0からつくろうとしている。

 

共に旅をした仲間は、世界一周・日本縦断・中東紙芝居の旅を終え、世界の魅力を伝えようと奮闘中だ。

 

(ぜひここまで読んでくれた方には

Twitterアカウント@heizejun

を応援してくれると嬉しい。)

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旅人にとって、活動のフィールドはグローバルで、やりたいことをやることが当たり前だ。貪欲になんでも取り組む生き方はなかなかできない。だから、彼らはかっこいい。

 

旅先での出会いは、旅人だけではない。

日常生活をただ送っているだけでは一生巡り会えないだろう人と出会うのだ。普段の活動をしていると、時々旅先で出会った彼ら彼女らの顔を思い出す。

 

重ねるが、旅はいい。