青年海外協力隊/大学生/野菜/野生/野性

今日は残りの人生の最初の日

山梨大学→京都大学大学院生 兼 青年海外協力隊29年度2次隊。フィリピンへ。人生ネタを書きます。

東南アジアを旅して人生少し変わりましたって話です。

僕にとって最長になった旅の中の一部の話。

 

大学2年から3年に上がる春休みの2月後半から4月の頭まで、東南アジアをめぐる一人旅に出た。

簡単に先に言ってしまえば、この旅を通して、

自分の生きる目的が少しだけ変化した。

 

将来は国際協力の分野に進み、食糧不足に苦しむ人々を「助けてあげたい」と考えながら大学生になったわけだが、それがこの旅を通して少しだけ変わった。

その後、他の活動を通してその変化に自信を持つようになったが、最初のきっかけはこの旅にあった。

自分の対相手目線が変わり、考えるスタンスが変わったのだ。

 

僕らは彼らに与える立場でもあるが、彼らに学ぶことが計り知れない

 

 

さて、旅先それぞれの地でディープな経験をしたわけだが、今回はその全貌を簡単に紹介して、インパクトを与えられたフィリピンでのことを書きたい。

 (旅の話はまた改めて書こうと思う。)

 

ざっくりとしたこの旅の行程は以下の通り。

 

●日本

山梨県

↓🚗(ヒッチハイク

関西空港

↓✈️

●フィリピン

ルソン島

↓✈️

セブ島

↓✈️

ルソン島

↓✈️

●タイ

プーケット周辺

↓🚌

バンコク

↓🚃

アユタヤ・チェンマイ

↓🚃

バンコク

↓✈️

ベトナム

ホーチミン

↓🚌

カンボジア

シェムリアップ

↓🚌

●タイ

バンコク

↓✈️

福岡空港

↓🚗(ヒッチハイク

山梨の実家

 

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山梨県を出発してすぐ、荷物が重すぎたことに気づく。旅先で何度も服を捨てようと思ったが、全て持ち歩くことにした。ここには旅先でお世話になる人へのお土産、カンボジアの小学校に届ける鉛筆、料理する乾麺も入っていた。)

 

 

当時、旅を終えた感想が書かれている。
今読み返すと今日までの自分に鞭を打ってやりたいと思うが、当時思い描いた方向に少しは進んでいる気がするのも事実。

www.facebook.com

 

 

 

フィリピンで見つけたこと

 

人と自然が作り出す造形と、心底明るい人々

 

フィリピンに滞在した期間、基本的に知人の家に滞在させてもらった。

お母さんは毎日薪で絶品を作ってくれた。

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主な行き先はルソン島タガイタイバギオバナウエの棚田と、マニラ近郊、そして友人が留学していたセブ島

 

知人の家に滞在し、現地に留学している親しい友人を訪ねるというスタートは、思い切った一人旅の出だしとして最適だった。

 

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(フィリピン留学後初のフィリピン観光地はタガイタイ。旅をする自分の存在の小ささを感じたなあ)

 

中でもバナウエの景色は、今までにない感動を与えてくれた。

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ただ棚田が美しかったのではない。

観光地化している棚田の脇には、ひたすら田植え作業に励む小さな子供と女性たち、人間と共存している牛の日常があった。

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(小さい子供が手植えで田植えをしている。この子供が家族の生業として手伝わされてているのか、この地域の景観を保全するために働いているのかは定かではない。こんな光景を見ると、昔自分が友達と遊ぶ時間を返上してやらされていた頃を思い出し、こみ上げる思いがいつもある。今となっては日本国内でこの光景を見ることも少ない。)

 

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小高い丘から見下ろすと、この村のコミュニティは山に閉ざされ、地域で完結している東南アジア独特の雰囲気があった。僕の東南アジアのコミュニティや伝統農業への強い好奇心が心に芽生えたのはこの瞬間だったと思う。

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 今後学び続けたいこと

 

東南アジアと一口にいっても、その自然環境はとても多様性に満ちている。鬱蒼とした世界に誇る熱帯雨林もある。産業や貿易が繁栄を遂げ、近代化の波に呑まれるデルタ地帯もあれば、グローバル化のグの字も感じさせない山岳地帯もある。島嶼部の小さな漁村もある反面、広大な沖積平野を有している地域もある。

 

自然環境が多様であれば、当然人間と自然の有機的環境である風土も様々だ。そこには人間の生き方が今も昔も変わらない地域だって数多く存在する。

 

僕ら(先進国と言われる国に住む人々)の生活ぶりや暮らしの中での理想・追い求める豊かさの定義は多様化し、その共通解は誰にもない。

 

人間一人の一生という短い時間の中でさえ、我々の生活を取り巻く環境の物質的な発展は目覚しい。たくさんのモノがある。お金を出せばモノは何でも手に入る。 

大きな経済システムの中で、自分がそのどの位置を占めているのか知らぬ間に人生を磨耗する人が大半だ。

 

その一方で、人が大昔に住み始めて以来、生活に変化がない地域が東南アジアにはある。先進国の植民地時代を経て、先進国向けのプランテーション農業が環境を大きく変えて来たとはいえ、気候変動が人々の生活を直接脅かし始めたとはいえ、まだ昔ながらの地域は存在する。

 

そこには自然との共存があり、隣人愛があり、人間らしい明るさがある。

 

僕は、そんな定説のようなことを、この旅からなんとなく肌で感じとり、同時に漠然と違和感を覚えた。

 

「先進国の人と途上国の人のどちらが幸せなのか」

という問いには答えを持ち合わせていない。

 しかし、二元論に答えを求めるのではなく、どちらにも良さがあるという前提の上、これからの社会が向かうべき方向はなんなのか考えたい。

 

それを学ぶために大学院に行くつもりだし、それを学び考え続けるために生きたいと思う。

 

 僕にとっては、そのための国際協力につながれば理想的だ。その第一歩が青年海外協力隊での活動になればいいと思っている。

 

 

 

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