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今日は残りの人生の最初の日

山梨大学→京都大学大学院生 兼 青年海外協力隊29年度2次隊。フィリピンへ。人生ネタを書きます。

協力隊赴任地であるフィリピンの田舎に突撃ホームステイしてみて

先日、卒業旅行と題してタイ・ラオス・フィリピンを全18日間の日程で旅してきました。

主な目的地はラオスルアンパバーンとパクセ、そして協力隊の赴任地であるフィリピンパナイ島アンティケ州です。

 

この記事ではフィリピンへの視察旅についてまとめてみます。

今回の目的地はパナイ島にあるAntique(アンティケ)州のSan Remigio(サンレミギオ)町。私はこの町の役所に置かれる農業事務所にこの秋から派遣になるため、あらかじめ情報収集に当たろうと考えました。

 

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(目的地はここ↑)

 

フィリピンの田舎にホームステイしてみた

 

 

みなさんのフィリピンの治安のイメージはどんなものでしょうか。

 

私はこれまでに4回フィリピンを訪れていますが、一般的に観光客として歩ける場所(≒観光地)で覚える恐怖感は他の東南アジア諸国と比較して群を抜いていました。

また、マニラ市内やスラム地域、夜の街は1人で安心して歩けたものではありません。

スリは当たり前に横行しています。モールの付近で4人組の青年に囲まれバックを強引に奪われそうになったこともあれば、子供達に囲まれて気がついたらポケットに手を入れられたなんてこともあります(日常的に事件が発生するような場所は大体決まっています)。友人は殺人現場を目の当たりにしています。地方に住むフィリピン人ですら都市部に住むフィリピン人を信用しませんし、1人で行くこと自体止めてきます。

 

 

さて、「ホームステイしてみた」は些か間違いで、どちらかといえば「ホームステイせざるを得なかった」が当時の状況を正しく表現しています。

目的地に「宿泊場所なんてない」と前泊したホテルで聞かされていたので、宿泊地の予約なし、飛び込み訪問を図らざるを得ませんでした。実体験に基づく暗いイメージを抱きつつ、アクセス情報無し、宿泊場所も無しということで、好む好まない関係なくノープラン旅をせざるを得なくなったわけですから、久しぶりにヒヤヒヤした旅のスタートでした。

 

 

イロイロ国際空港から(San Jose de Buenavista 経由)協力隊赴任地San Remigioへのアクセス 

パナイ島は中央に山脈が連なり、地域は大きく東西に区切られ、生活様式も言語も異なります。そのため、中央を貫通する交通手段は今の所なく(現在建設中)、島をぐるっと回り込む形で移動しなければなりません。

 

今回私はセブ空港からイロイロ空港にローカル便で降り立ちました。

 

まず、イロイロ国際空港からイロイロ市内SMモールまでは乗り合いバンが出ています。一回の乗車50Pです(ただし、SMから空港へは70P)。バンが満員になると発車しますので、時間にゆとりを持って乗車することをお勧めします。

SMからMoloのターミナルまで徒歩またはモーターバイク、ジプニーで移動します。ジプニーで移動する場合、乗り換えが必要になるので土地の理に詳しくない場合はモーターバイクが無難でしょう。

市内のMoloのターミナルからSan Jose de Buenavista 行きに乗り(70〜100P)、終点で降りるとそこがジプニーターミナルになっています。驚いたのは、このSan Joseのターミナルにマニラからのバスが発着していること。エアコン付きのバスで1000P、丸一日かけて海をバスごと渡ってきます。

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ジプニーターミナルでSan Remigio 行きのジプニーを探します。そのジプニーはSan RemigioのPublic Market まで連れて行ってくれます。私が今回行ったのはSan Remigioの中にある山あいのバランガイAningalanで、Public Marketからさらにモーターバイクで20分ほど登ったところです。Moloのターミナルを朝6時に出発し、11時半頃にはAningalanに到着しました。

 

 

パナイ島の人々の心の温かさ

さて、San JoseにMoloのターミナルから乗り合いバンで到着したのはいいものの、そこからSan Remigioへの行き方がわからなかったので、市内にあるtourist officeを訪れました。が、土曜で閉まっていました。そこで、その付近にいた警備員に「San Remigioに行きたいんだけど」と伝えてみると、彼はまさにSan Remigio出身とのこと。

 

東南アジアを歩いていると、この人は信用できるのかできないのか、瞬時に判断できるようになりますよね。

 

これはラッキーだと思い、行き方を教えてもらいました。この方が恩人①。その後なんと、恩人②のジプニードライバー、恩人③のトライシクルドライバーが私を丁重に次の人へと託し、彼らについていくだけで簡単に目的地であるSan RemigioのAningalanに到着し、それだけではなく、そのままホームステイさせてもらう運びに自然となりました。ジプニードライバーにも「俺の弟の家なら泊まっていいからな」みたいに言っていただきました。

 

 

信じられますか?私のこれまでのフィリピン渡航経験の中では全く考えられない経験でした。これまで、「フィリピンを歩くときは誰も信じるな」 が経験から得られた自分にとっての教訓だったからです。

 

 あとで調べてみてわかりましたが、このパナイ島の人々はフィリピンの中でも性格が温厚で愛情深い人々が多く、イロイロシティは「愛のまち」と呼ばれているようです。納得です。

(田舎の人にはイロイロシティはそれでも都会で危ないから気をつけろと警告を受けました。。)

 

 

サンレミギオはこんなところ

今回のホームステイ先である赴任地の紹介を少しだけしたいと思います。

サンレミギオ(San Remigio)の特にアニガラン(Aningalan)は山岳地域に属するため(標高は300m〜500m)フィリピンの中でも珍しく涼しい気候が特徴的です。そのため、この避暑地を求め観光客や外部からの移住者の注目の的になっています。夜間は半袖でいると肌寒く感じられます。

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(どこか私の地元である山梨県八ヶ岳南麓と似た景色。)

 

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広大な敷地を都市部の富裕層が買い占め、原住民と混在しています。彼らからしたら、週末に帰る別荘というイメージでしょうか。中には土地外の人間を雇用し、観光客をターゲットにイチゴ栽培をしている一帯もありました。(イチゴ栽培といえば以前の協力隊員の影響でしょうか?)

 

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低地は機械化の波がすでに及んでいるようでしたが、ここではまだ水牛を使って耕耘していました。これを体験するのが一つの夢でした。単純作業に見えてそう上手くいきません。早く赴任してから習得したいです。

 

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Aningalanのマーケットには地元で栽培された有機野菜が並んでいました。ツアー客は喜んで買っていきます。多品目にも及ぶ野菜が栽培されており、正直驚きました。写真には写っていませんがこの他にもトマト、ナス、トウモロコシ、ダイズ、ピーマン、レタス、サヤエンドウ、サヨーテ、ダイコンなどなど。どれも有機栽培です。

 

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フィリピン料理と聞くと油っぽく肉がメインの印象が強いですがここではしっかり十分で良質かつ新鮮な野菜を摂ることができます。ホームステイ先のホストマザーが作ってくれる料理は格別でした。

 

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洞窟や渓谷はここの有力な観光資源。30Pの入場料を払うとガイドが付いてくれます。ラフレシアは生憎枯れてしまったあとでした。花は5日間の命なのでしょうがありません。まだ一般公開されていない洞窟にも案内してくれました。

 

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案内してくれたのはスポンジボブの帽子をかぶった彼女。

 

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この池では釣りもできるらしいのですが時間的に厳しかったようです。

 

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モーニングコーヒーはもちろんネスカフェ

 

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夜集まった村の子供達とホームステイ先のホストファザー。彼らは日本に興味津々。日本語のレッスンが突如として始まりました。心の清らかな子達です。

 

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今回滞在したホストご夫婦と、結局4日間も僕の面倒を見てくれたツアーガイド。この旅一番の恩人達です。決して見返りを求めないおもてなし、なんだか懐かしい気がしました。

 

田舎に飛び込んでみて

この旅全体を通して、一番に考えさせられたこと、それは

「何がこんなにも人々の性格を変えるのか」ということです。

これまでの観光地巡りの旅では考えられない、同じ国の人々でもまったく違う心からの優しさを感じました。これは日本の都会と地方とでも置き換えることができるかもしれません。

 

何が擦れた人間をつくるのでしょうか。

換言すると、何が寛大で優しい人間性を、貪欲でセコい人間性にするのでしょうか。

 

 

現地視察を事前にする意義

まず、全職種に言えることですが、JICAの要請に記された現地情報は必ずしも正しくありません。それは調査不足に起因する要素もあるかと思いますが、基本的に時間差が要因のようです。派遣要請が提出されてから、志願者を募り、合格し訓練を終えていざ現地へ派遣となるとそこには1年から2年の時間的隔たりが出てしまうため、現状は変化します。

 

私の場合、要請には「現地では有機栽培はされていない」と記されていましたが根本から間違いで、3年前から有機栽培が始まっていました。これを知って赴任するのとしないのとでは、活動始動に向けて費やす時間的エネルギーに雲泥の差が生じます(今でも赴任してから最初の1年間は具体的な活動自体何もできないというのが暗黙の通説、それはそれでいいと思いますが)。

また、協力隊員には、日本のノウハウを一方的に提供するのではなく、現地の要望に耳をそばだて、彼らの文化や環境に配慮した形でボランティア活動をすることが求められます。つまり、どうしても、まずは彼らの生活に溶け込み信頼を得て、現地情報収集し、、、と考えるとまとまった時間がどうしても必要です。

赴任地の現状を早めに正確に捉えた上で、情報へのアクセスが容易な日本で自分の不足知識や技術を補完して赴任することで、よりスムーズに活動始動できるようになるのではないでしょうか。

さらに、現地の人と連絡先を交換しておくことで、現地の正確な情報をon timeでキャッチすることができます。

 

特に野菜栽培隊員は、派遣時に最も荷物が多くなる職種と聞きます。書籍等に加え農機具や諸道具なども持ち込む必要があるからです。ですが、あらかじめ現地の情報(気候や栽培品種、栽培方法など)を得ることで、この荷物の量を必要最低限に抑えることができます。農業の方法に正解はありませんので、派遣されてから彼らの農業を理解しようとしてもそこに莫大な時間がかかってしまします。まして、私のように実務経験が乏しい隊員のように、経験不足がネックであればなおさらです。国内での活動イメージ像は実際には意味をなないかもしれませんが、頼りどころとなる幹があるのとないのとでは負担が違うと思います。

 

 

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