今日は残りの人生の最初の日

大学院生 兼 青年海外協力隊29年度2次隊。フィリピンへ。人生ネタを書きます。

青年海外協力隊の訓練を終えた今

青年海外協力隊2017年度2次隊の訓練生活を終えた。

終えてから一週間と経過していない今思い出す訓練生活を綴ろうと思う。

 

この70日間は、総じて一生の思い出になったことに間違いはない。

ここでの出会いも一生続くだろう。

出会った仲間の今後も非常に楽しみだし、現在と2年後の自分のギャップを見てもらうのもすごく楽しみだ。

家族のような距離感で関われる仲間も、尊敬する人もたくさんできた。

修了式には、ドライに見える人が涙を流していた。

やはりここでの生活は私だけではなく、誰しもにとって特別だったのだろう。

 

 

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しかし、

これから時間が経って残る記憶はこのようないいものばかりになるだろうから、

ここでは敢えて、あくまでも個人的悲観的視点でこの70日間を振り返ってみたい。

 

訓練の内容と感想を書こうと思う。

 

 

訓練の内容

協力隊の訓練の内容は大きく分けて、

語学

諸々の講座

の二つに分かれる。このルーティーンに度々イベントが挟まれる。

 

それ以外では、

毎朝の約20分間のランニング

二本松市内の農家さんやお寺、デイサービスセンターや老人ホーム、保育園などへボランティアをしに行く2日間の所外活動

一泊二日の野外訓練

訓練生が自主的に開設する自主講座・イベントの企画や参加

などがある。 

また、各委員会活動やJICAから出される諸々の課題が休む暇を与えてくれない。

私は野外訓練委員を務めた。

アウトドアが好きだからという気持ちで踏み込んだものの、一番大変な委員会だった。特に当日一週間前から頭の中は野外訓練でいっぱいになった。

野外訓練委員を考えている訓練生は、覚悟していた方がいい。

 

これらの語学以外の訓練が、果たしてどの程度“訓練”として意味を持ってくるのかまだわからないが、とにかく忙しい毎日だったことに間違いはない。

 

 

やはり、誰しもが70日間で最も苦労するのはもちろん、

語学授業である。

 

この70日間で、中学3年間の英語の学習時間×2に値する時間を語学習得に割くらしい。

また、講師も実力派揃いで、クラスも基本的には少人数制をとっている。

日本最強の語学学校と言われる所以はこの辺りにあるのだろう。

非英語の訓練生たちは、初めて勉強する外国語を2ヶ月後にはある程度話せるようになっているのだから驚きだ。

 

では、英語履修者は楽じゃないかと言われれば、そんなことはない。

英語クラスには、普通のホームクラスとは別に非英語クラスにはないテクニカルクラスという授業が設置されている。

そのクラスでは自分の任国での要請に関連する専門的な英語力や、ワークショップの企画運営力を身につけさせる。毎回課題も大量に出る。多くの訓練生にとって、これまでの英語力とは全く違うスキルを身につけさせることになるため、非英語のクラス同様非常に苦しくなることには変わりない。

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(農業チームに所属していた私のテクニカルクラスはそこまできつくなかったし、ホームクラスも幸いなことに最もゆるいクラスだったので、大変さはクラスによっても違う)

 

しかし、大学院生というもう一つの顔を持った私にとっては、大学に提出するレポートとの両立に最も追い込まれた。心が折れかけた。そこにいる95%以上の人たちは、その訓練生活だけに集中すればいいので、この境遇を共有できる人はいない。

私が以前の記事でも勧めている、この青年海外協力隊 兼 大学院生」の両立は、正直、70日間の訓練期間はかなり厳しい。貴重なそこで出会った面白い人との付き合いに割く時間がなくなるし、精神的にゆとりがないため、ノリの悪い訓練生にならざるを得ない。

これが、大学連携で参加できている学生にとってはまた違うかもしれない。

また、大学院によってはレポートの期日や内容を融通して貰えばいいかもしれない。

 

自分が非英語のクラスだったら成し遂げられていないことだったと思う。

語学力は追い求めたら終わりがない。私も決して成し遂げられたのは最低限のことで、総合的な英語力が伸びた実感はそこまでないのが本音だ。

 

よく語学に悩み泣いている訓練生も見たし、多くの人はこの70日間が人生で最も勉強した期間だったと口にしていた。

これから訓練に行く方々は、ぜひ自分なりの乗り切り方を考えておくといいだろう。

外出可能な水土日に開かれる飲み会は、訓練期間中誰しもが頑張りのエネルギー源にする。

 

講座については、記憶に残る新しい気づきを与えてくれる体験型のものもあれば、ただ座っているのが苦痛な内容のものもあった。睡眠や内職をしている訓練生も多い。スタッフはそれをみて度々注意する。

内容的には本来意味あるものばかりだったと思うが、

健康・安全や危機管理関係以外の講座については、この1・2時間話を聞いた程度でどうなるのかというものもあった。

 

終盤になると、講座の内容が出題されるテストもあるので、講座の間はメモを取るように心がけるといい。講座テストの内容は、初日に配布されるハンドブックに記載されている。選択式のテストで、正答のほとんどは配布された資料に掲載されているので難易度も決して高くないが、毎回7%前後の訓練生が再試験を受験させられているので全く対策せず合格するテストでもない。一度全資料目を通しておくといい。

 

 

訓練の感想

私は、この“訓練”を終えて、なんともスッキリしない気持ちが残った。それは、facebookタイムラインが同期隊員による訓練終了と協力隊に正式になれたことを報告する投稿の嵐になっている訓練終了後5日目の今も変わらない。

 

 

どうもモヤーーットしていることがなんなのか、まだわからない。

 

 

協力隊を志願してくる人たちは皆様々で、実に多様なバックグラウンドを持っている。モチベーションもボランティア理論も異なる。それはこの事業の魅力でもある。

協力隊事業がチャレンジの場でなく、一時的な日本社会からのエスケイプや、単なる海外渡航のきっかけ提供の場になっていることも、決して悪いことではないと思う。この2年間を通して何かを感じ取り、社会へ還元して行くことで、それは日本のためにも時には途上国のためにもなっていく。

 

協力隊事業もその一部であるODA予算は、時に国家予算案決定の際に予算削減の対象として白羽の矢が立つ。

税金であるそのお金の使い道が国民に見えにくいため、どうその予算が有効活用されているのか認知されにくいから仕方ない。その結果が日本や国民へ還元されるのも遠い先だ。

お役所仕事なので、どうしても一年の協力隊予算はその年度内に使い切る必要がある。

そのためには、現行の訓練制度の中では、少ない志願者に対して、協力隊の窓口を大きくし、合格ラインを引き下げざるを得ない。繰り返すが、これも魅力なのだ。多くの市民に参加の資格ときっかけが提供される。

 

しかし、私たちの活動は本当に途上国のためなのだろうか。(いや、そうではない。やはりそれは建前の話で、日本のためだ)

ボランティアという言葉は果たして私たちの活動を表すのに適切なのだろうか。(いや、本当は日本の名前を広め、日本の評価を少し引き上げるために飛ばされる駒の一つ一つに過ぎない)

 

 

世界に途上国を生み、途上国たらしめている先進国の人間がボランティアに行く。 

それも先進国の決して豊かでない国民から集めた税金を使って。

 

 

世の中には矛盾だらけだが、その一つ一つに感傷に浸っている時間的余裕はもうない。

                        

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動く組織が大きければ大きいほど、外交や政治と関われば関わるほど、その概念は複雑だ。

その社会の複雑性と、心の澄んだ協力隊訓練生の抱く参加動機には大きな隔たりがあるようにも感じた。

 

 

 

これから訓練を受ける候補生には、訓練生同士、ぜひ深い話をすることをお勧めしたい。

なぜ協力隊に来たのか。

どんな社会に不満を抱いているのか、それをどう変えていきたいのか。

何が自分を途上国に導いたのか。

帰国後には何をしたいのか。

 

私の感じたモヤモヤも、忙しさゆえの対話の不足によるものだったと思う。

 

 

来月フィリピンへ派遣されれば、私は一個人の協力隊員だ。

背中に日本国旗を背負っていようが、付き合えるのは目の前の数えられる人々だ。

対等な立場で向き合い、私に何ができるのか、模索してきたい。

活動を日本の方々に紹介するのも、国民の皆さんから集めたお金で派遣されている以上、当然の一つの責務だと思っている。

  

派遣までの日本での1ヶ月間、しっかり会いたい人に会って(会いきれないが)、

準備して臨みたいと思います。

 

ここまで読んでいただいた方、ありがとうございました。

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サボっていた記録とアウトプットをまた再開します!!