今日は残りの人生の最初の日

大学院生 兼 青年海外協力隊29年度2次隊。フィリピンへ。人生ネタを書きます。

世界幸福度ランキング3位のフィリピンの田舎から考えるこの国の幸せの原点

調べ出したら少し長くなってしまった。

なんと3ヶ月ぶりの更新だ。

出国する際には、なんとか活動の傍ら発信を継続していこうと考えていたが、全く追いついていない。

 

今回は、2017年末に発表された世界幸福度調査2018において、上位3位にランクインしたフィリピンで、当国田舎生活4ヶ月を通して感じたことを元に、フィリピン人がなぜ幸せなのか、幸せの原点について簡単に考えてみたい。

 フィリピンから見出すその答えは、ズバリ、宗教的習慣に深く関係する「家族」「食」にあり、それが順接的に「人との繋がり」を創出した結果にある気がしている。

※あくまでも私個人が、生活圏内で肌感覚で感じたことであって、普遍的な分析では全くない。

 

 

まず簡単に幸福度の定義をまとめてみた。 

実は、「幸福度」を示すための指標はいくつもある。

 

たくさんの指標があることからもわかるように、「〇〇の国の人が最も幸せだ」と明言することは最初からできないし、個人的には〇〇の国の方が△△国よりも幸福だ!というのもナンセンスだと思っている

「〜〜に関しては」と基準を定めてあげるべきである。

例えば、長寿が幸せの基準だろ!と考えるなら、日本はフィリピンよりも幸せな国になる。

 

 

だから私はこのフィリピンの幸せについてここで考えるのであって、

日本にも少なからず共通する部分はもちろんあるだろうが、尺度を超えて比較しようとはしていない。

それはそれぞれ個人が考えればいいと思っている。

 

幸福度の尺度(指標)って?

「幸福」を示す指標は何種類もある

①世界60カ国以上にその関係者をもつ研究者組織ギャラップ・インターナショナル(+WIN)による調査ー純粋幸福度ー 

今回フィリピンが3位に入った調査は、毎年末にGallup International Association(+WIN)によって発表される、「純粋幸福度」と呼ばれるもの。

それぞれの調査機関リンクはこちら↓

Gallup International Association

About us - Gallup International

Worldwide Independent Network of Market Research and Opinion Poll

Win

 

 

世界幸福度2018では、全世界55カ国から約1,000人のサンプルを抽出し、計53,000人以上に対して電話・オンライン・直接インタビューによる聞き取り調査が実施された。

数字の出し方は、

 

「純粋幸福度」=

「幸せと感じている人の割合(%)」ー「不幸と感じている人の割合(%)」

 

と、いたって単純。

この指標は主観的な捉え方に依っていて、サンプル(国・個人)の性格や価値観が値に大きく反映する。

 

また、

例えば、「(すごく)幸せ」と感じる人が50%、「普通」と感じる人が50%だと、純粋幸福度は50%で、全体で「幸せと感じている人の割合=純粋幸福度」になるが、

そこに「不幸」と感じる人が10%いると、純粋幸福度は40%に減少する。

「幸せと感じる人の人数」=「不幸と感じる人の人数」だと、純粋幸福度は0になってしまう。

このように、同じ国民が似通った価値観・性格の持ち主であることに前提を置くと、幸福を示す値は、幸せの差≒格差があればあるほど低くなることが特徴的。

頭に入れた上で各国と比較したい。

 

GIAのHPには調査結果とともに、性別・年齢・収入・教育バックグラウンド別の集計結果が出ている。

 

http://www.gallup-international.com/wp-content/uploads/2017/11/2016_Happiness_Hope_Economic-Optimism-2.pdf

 

 

 

そのほかにも「幸福度」の指標はいくつもある。

 

②国連の世界幸福度調査報告

この指標では、各国の調査サンプルに対して、純粋幸福度と同様に主観的幸福度を聞き取り、そこへ以下の項目からなる説明変数から回帰分析を行い、寄与度を算出して幸福度全体の内訳を発表している。説明変数は以下の6項目で成るようだ。

 

・人口当たりGDP

・社会的支援

健康寿命

・人生の選択の自由度

・寛容さ(過去のチャリティへの寄付経験等から算出)

・政府の腐敗への認識

 

以上からわかる通り、幸福の捉え方がかなり欧米的で社会全体としての成熟度から幸福を考えている。このため、毎年上位には社会保障制度が進んでいる欧州が並ぶことになる。

 

詳細な結果は(英語表記だが)こちらにアップされている。

https://s3.amazonaws.com/happiness-report/2018/WHR_web.pdf

 

 

③地球幸福度指数(HPI

人間の豊かさは、金銭的な過去の発展度合いではなく、将来を見据えた環境との持続可能性の上に表される概念であるとして、イギリスの環境保護団体 Friends of the Earth が2006年に発表した新たな指標だ。関係因子は以下の項目と、これもまた主観的幸福度から成る。

 

・平均寿命

・健康指標

・健康格差

・※エコロジカル・フットプリント(環境負荷を許容するために必要な土地面積+すい面積)

 Wikipediaに十分な情報が載っていた。

地球幸福度指数 - Wikipedia

 

 

国民総幸福量(GNH)ーおまけー

「幸せな国ブータン」はこの尺度で語られる(世界で公式にこの指標を採用しているのはブータンのみ)。1972年当事国王ジグミ・シンゲ・ワンチュクによって導入。調査されてからGNHの最大化を政策の中心に置いてきた。これは、経済成長を重視する姿勢を批判したもので、仏教の価値観から伝統的な社会・文化を重んじることこそが国民の幸福の実現に直結するものとしている点が特徴的。

 

2年ごとに、一人当たり5時間の調査時間を割き聞き取りを行う。 2005年にはの

 しかし、この尺度は非科学的でありブータンマーケティング戦略に過ぎないと言う批判の声も多く耳にする。

 GNHの4つの柱

・公正で公平な社会経済の発達

・文化的・精神的な遺産の保存・促進

環境保護

・しっかりとした統治

(引用:ブータン観光局 国民総幸福量 | ブータン政府観光局 公式サイト

 

 それぞれの指標でのフィリピンと日本の比較のまとめ

  

私はこの長い前置きで、「幸福」 は基準がなければ測れない。それは幸せの捉え方は人それぞれであるからだ。だから逆に言うと、幸せを比較することそのものに意味はないということになる。

 

それぞれの尺度の背景にはそれを提唱した国々の思惑が隠れているとも言える。「ブータンは幸せな国なんだ」と言う前にまず、それを疑いの目で見、それぞれの尺度との違いを一度考えてみることが必要かもしれない。

 

それぞれの最新幸福度で日本とフィリピンの順位をまとめてみるとこうなる。

      フィリピン       日本
①純粋幸福度(2018)     3(84%)   18(53%)
②国連世界幸福度調査(2018)                             71       54
③地球幸福度指数(2016)       20       58

 

経年でその変化を見てみるとまた面白そうだ。

 

このように、

①純粋幸福度はフィリピンと日本で30ポイントもの差がある。その差は顕著だ。

私としては②世界幸福度調査による日本の順位が意外に低いことに少し驚いた。平均寿命は韓国に次いで世界トップ2だし、人口当たりの名目GDPも世界トップ20の位置にあるのに、「寛容さ」、「人生の選択の自由度」、「社会保障」などを加味すると日本は先進国最低レベルになる。

③地球幸福度指数の上位には毎年中南米、東南アジアが並ぶ。それを追ってヨーロッパ、アジアという感じだ。

 

【本題】フィリピン人から学ぶ「幸せ」の原点

 さて、、、前置きが長くなってしまった。

今回のこの記事を書こうと思ったきっかけはこれ以降にある。

 

幸せの原点①全ては家族のために、家族が幸せなら自分も幸せ

 フィリピンの文化を一言で表すと ”Family Oriented(家族的、家庭的)” だと言われる。こどもは幼いうちから"Blood is thicker than water"と教育を受ける。まず何よりも家族を優先し、家族のために尽くすべき、という教えだ。この教えは大人になってからもしっかり守る。

これはもともとスペイン植民地時代に持ち込まれた階級的社会の中で生まれた団結の意識に帰すると聞いたことがあるが、なんともわからない。

 

宗教的にも「家族」は極めて重要な意味を持つ。人口の8割以上をカトリック教徒が占めるここフィリピンは大家族主義

 

任地で活動していても、誰と誰が親族に当たるのか、記憶しきれない。田舎によってはコミュニティ内ほぼ一族だというケースもある。

 

余談だが、

昨年のクリスマスは、同僚宅のクリスマス会に招待された。

ホームパーティレベルかと思って軽い気持ちで参加してみると、なんとそこには100名以上の人が集まり(もちろん町外からも来ていたが)、参加者みんな親戚だった。

 

国内では絶大な権力を持つカトリック教会は、人口中絶はもちろん、避妊も認めていない。2012年、「避妊は中絶に等しい」というカトリック教会の主張を押し切って人口抑制法がようやく成立したが、現在も地方においてはそれ以前とあまり大差ないだろうと予想する。避妊は一般的ではなく、7人8人兄弟も普通で、僕が聞いた中では最高で13人兄弟という話もあった。大家族が当たり前なのだ。これが貧困のジレンマを生むとも指摘されている。

 

そんなフィリピンが日本の人口を追い抜くのももう目と鼻の先だ。

 


こうして、フィリピン人の家族の繋がりは自然と強くなる

日本人にとっては遠い親戚(例えば、いとこやはとこの子どもとか)の誕生日会にもしっかり参加し、家のキャパ内で大家族が一堂に会す。

 

名目GDPの1割を担う海外出稼ぎ労働者も、そのほとんどが家族への送金のため。

ある意味、フィリピン人は家族のために、家族を支えるために自分を犠牲にする選択さえ厭わない。

これを裏返すと、家族のために尽くし、喜ばせることは彼らにとっては歓びでもあり、それが普通なのだ。家族の笑顔、それが生きる力にもなっている。

家族の幸せ=自分の幸せであるから、家族のために尽くすことが幸せの原点になる

と言えるだろう。

 

 幸せの原点②食事を通した人との繋がり

スラム地域や極貧家庭を除いて、

フィリピンの田舎で住民と少し生活してみると、 彼らがとにかく食べることに気づくと思う。

元々はスペイン統治時代ののミリエンダ(軽食、おやつの意)文化だったが、独自の進化を遂げている。

 

食事は一日に5回(そのうち2回は間食では?と思うかもしれないが、日本基準で考えると立派な一食分に相当する)。それにプラスして日によって朝のコーヒーとミッドナイトスナック(夜食)を摂る。

職場のオフィスでもこれは変わらない。午前と午後のおやつタイムはしっかり確保されている。私も、オフィスで仕事をしていると「ヒロ、スナック!!」と一日に2度は決まって声をかけられる。

 

そんな彼らの一日の楽しみは、ほぼ間違いなく、「食べること」だろう。

空腹の時ってイライラしますよね。

余計に疲れを感じる。

 

つまり、彼らは空腹によるイライラ、ストレスとは無縁の生活だ。

そして、フィリピン人はシェアの意識が強いので、食べ物を持っているといつも周囲と共有する。共有しようとしないのは、「仲間外れにするよ」というような攻撃的な意味として印象付ける。

こうして、フィリピン人はみんな少しずつお腹が出てくる。

 

食事に関しては色々な習慣があって書ききれないが、いくつか紹介しよう。

 

フィリピンでは誕生日に、友人や職場の同僚に誕生日を迎える当人が食事を振る舞う。

その家庭の金銭的豊かさ、または何歳の誕生日かによって、大小のホームパーティーが開かれ、周辺の人は食事をご馳走になるために集まる。友達の友達など、当人が知らない人も普通にパーティーで食事をご馳走になる。

忙しくて自分で準備する余裕がない場合は、ケータリング サービスを頼んだり、軽食だけ買って来たりして振る舞う。

つまり、30の人付き合いがあれば、一年に約30日は誕生日会に呼ばれることになる。

こうして、毎年食事に呼ばれるのでたいていの人は親しい人の誕生日を記憶している。

 

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 ↑1歳の誕生日会の様子

 

タダ飯が食べられる機会ははこれだけでは無い。

 

 

フィエスもいい例になる。

村では一年に1日フィエスタと呼ばれる、宗教上の祭典がある。

諸々の楽しめる出店が並び、コインや札を賭けたり、ルーレットをしたり、歌ったり、深夜まで踊ったり。

村の規模によってだが、そのフィエスタ1ヶ月から1週間前から毎晩お祭りだ。

このフィエスタの当日は、その村の人が、村外の親しい人を呼んで食事を振る舞う。

 

私の町は山間地域に属しているが、45の村で構成されている。

つまり、誕生日と同様、1年間のうち45日はどこかしらで祭典が開かれ、食事をみんなで楽しむ。しかもその直前は毎晩お祭り騒ぎをしていることになる。

 

 

誕生日会も、フィエスタも、単なる食事の機会という意味を超越している。

 

食事は、ただ食べるということ以上に、人と人がその場を共有している意味合いが強い。我々も、「今度飯行かない?」はほとんどの場合、食べることが目的では無いのと同じだ。

つまり、誘ったり誘われたりする食事の機会を通して、孤立化を無くし、自分もコミュニティに属しているという風に無意識に感じる。

 

フィリピンではBer month(9月から12月)クリスマスシーズンだ。

こう考えると、フィリピンは誰かの誕生日だったり、フィエスタだったり、そのほかのイベントだったりで一年中忙しい。それで話題は尽きない。

 

こうして、

親戚ではなくても地域の人との繋がりは太いものになっていく

 

 

 

まとめ

「幸福」の捉え方は様々だ。

フィリピンで生活しながら、彼らがなぜ「幸せ」と感じるのか考えてみた。

今回はその原点に「家族」と「食事」が見えた。そしてそれらは人との繋がりをつくる。

 

しかし、こうした文化もフィリピンの「発展」、都市化とともに薄れてきている。

マニラのような大都市とこの地方では全く違うだろう。

 

日本でも、最近は価値あるものが変わってきた。

これから、多くの日本人が「幸せ」を考え直すんだと思う。

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